親戚の者が、事故で入院した。
救急車(ブラジルの救急電話番号は192)は、連邦大学附属病院の救急科(pronto socorro)へ彼を運んだ。
連邦大学付属病院は、Hospital de Clinicasという名で、地域の中心的病院となっている。
主体が連邦政府のために、ブラジルの公的医療保険、スス(SUS - Sistema Único de Saúde 健康統一システム)に対応している。
ブラジルの医療制度は、日本の医療制度と、話に聞く米国の医療制度と比べたら、どちらかと言うと米国のに近いのではないだろうか。
公的保険は原則無料(薬代は病気や薬によって異なるが、無料のものも、保険がきかないものもあるようだ)、だから、無料のものにありがちな、長い待ち時間と僅かな診療時間、古い病院設備、劣悪な環境と言った形容詞がつきがちである。
よくニュースでは、病室が足りなくて、廊下に雑然と置かれたベッドや担架に病人が横たわっている画像が流れる。
報道のたびに批判が起きることによって、状況が少しでも改善していると信じたいものだ。
Hospital de Clinicasは、地域の中心的・代表的(referencial)病院ということで、ススの診療所でふるい分けされた重症者が送られてくる。
救急車は、彼を重傷とみなし、直接大学病院へ運び込んだ。
さて、応急処置が終わっていったん入院したものだが、ここから思案が始まった。
大学病院で入院を続けるか、毎月掛け金を払っている私的(任意)医療保険契約病院へ転院するかだ。
私的医療保険は、当然掛け金額の違いで待遇差が出てくる。
簡単な例は、入院の病室が個室か相部屋かである。
個室だと、けっこう自由に多数の面会客や付添人をつけることができる。
付添人用ソファベッドがあったりする。
相部屋だとこういうわけにはいかない。
件の大学病院はどうか。
廊下がベッドや担架で埋まっている、医療後進地域的状況ではなくて、まずはひと安心した。
病室は3名相部屋、付添人は各人に一名が許され、ベッドの横にリクライニング椅子がある。
部屋にはテレビ一台、冷蔵庫一台があった。
部屋は備品でいっぱいだから、面会は一時に一人だけ、交代で入ることになる。
保険のジレンマというのを聞いたことがある。
保険とは、いざというときに高額な医療費を払えるように、普段から備えるために入るものだ。
健康な人は、医療の必要性が少ないから保険に入る動機が小さい。
病気がちな人は、医療が必要だから、ぜひ保険に入りたい。
だから、保険は病気がちな人が多く加入することになる。
当然保険金は高くなるので、本当に保険を必要とする人、つまりよほどの病気持ちの人しか入らなくなる。
というものだったと思う。
病室についてである。
けがや一過性の病気で、数日とかで確実に退院できるのだったら、少しくらい居心地が悪くてもがまんできるだろう。
保険は安いやつで良い。
しかし、数ヶ月も入院することになったらどうだろうか。
赤の他人との相部屋は、耐えられないと感じる人は多いと思う。
個室に入院する保険プランだと、掛け金は高くなる。
そういう人は公共病院から、金はかかるが居心地が良い私立病院へ転院したくなろう。
待遇の良い医療を得るには莫大な個人負担金がかかる、その意味で、ブラジルの医療制度が米国に近いと思ったわけだ。
さて、私の親戚だ。
家族の者がいろいろ情報を聞きまわった結果、医療の質に関してはどちらも問題なく、というか、さすがに大学病院なので質的に優れるだろう、居心地はまあ期待しないでも良いか、という結論になった。
何よりも知り合いの医師、女性だが、私だったら迷いなく(想定転院先の)私立病院でなく大学病院を選ぶわ、という意見が強く後押しをした。
3人病室の収容患者は、全員男性のけが人である。
ここまでは良い、日本でもよくあることだろう。
しかしここはブラジルだ。
けがの原因を聞くとぶっとぶ。
ひとりはピストルか何かの火器で被弾、もう一人はナイフによる刺傷と、ふたりとも犯罪の被害者だった。
病室には、冷房も扇風機も備え付けがなかった。
暑い日で、私が扇風機を持っていったら、親戚の者だけでなく、ピストルで撃たれた男も喜んでくれた。
ナイフで刺された男は、胸から腹にかけ縦に長く二刺しの重傷で、わずかな訪問時間中、目を開けることはなかった。
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