2019年5月30日

銃があふれそうなブラジル

前回銃規制緩和の政令について書いたのは、これまでニュース記事などで聞き流すだけであった銃器の種類が、その威力と共に体系付けられて、図解と共に説明されたからである。
別に銃器マニアになりたいわけではないから、そんなことに詳しくなっても何の得もないとも言えるのだが、これから時事問題を語るときに、銃器の分類や威力を知らないでは語れないようになりそうなのである。

ここで市民という用語は、警察を含む軍人その他の特殊職業と対になる概念で使われる。
これまで市民への銃器の許可は、狩猟、収集とスポーツ射撃目的の場合に認められている。
警察を含む軍人だけでなく、判事のような司法に従事する職業にも認められている。
イタリアのマフィアを裁く裁判官は命がけであるが、職業柄しかたないので、武器携帯を認めるから自分の身はどうぞ勝手に自分で守ってくださいというのも殺生な話で、女性警察官や軍人ならともかく、銃など馴染みそうでない女性判事や検事はどう思っているのだろうか。

市民への銃器の許可については、所有(posse)と携帯(porte)が別々に扱われる。
所有は居住する住宅や市街の外の農村施設に、銃器を所持することである。
そのため銃器を使用する場面は、住宅や農牧場の敷地内部への侵入者に対する自己防衛に限られるはずである。

一方携帯は、所持する銃器を自分の住所外へ携帯して持ち出すことである。
これは危険を伴う職業など、ある条件を満たすものに対して認められる権利である。

いずれにしても誰にも無条件で所有や携帯が認められるわけではない。
最初の前提が無犯罪であって、試験はないと思うが、自動車運転免許と同じように射撃教習所での教習と、どれだけスクリーニングできるのか私にはわからないが、心理学的適性試験が必須でこれに全部通らなければ認められない。

基本的に適格者である市民の銃器所有は許可されるようである。
私見では銃器の所有は、農村地域に限っては認められてもよいだろうと思う。
警察の見回りが頻繁にできる都市地域では、自宅に銃器を所有する必要性は大きくないだろう。
もちろん見るからに金を持っていそうだと目されるような派手な大邸宅で、自分で銃器の管理が完全にできるという自信のある人が持つのは、まあまあ許せるかもしれない。

広大なブラジルの農村地域に、いつでもどこでもくまなく警察力を巡らせるのは、事実上無理な話である。
農場には価値のあるものが多い。
牧場の動物や倉庫の収穫物だけでなく、トラクターやハーベスターのような農業機械や、農薬には高額なものが多い。
しかし農村地域の農牧場の強盗は、例えば牛泥棒を想像してもらえればよいが、かなり大人数のグループでないとできないので、守る側もかなりの人員と武器が要りそうで、実際有効なのか危惧はある。

都市部の銃器所有についてであるが、警察力の欠如を政府自ら認めて勝手に自己防衛してくれと半分さじを投げた形になると感じるのは私だけだろうか。
銃器拡大派の意見は、下手すると犯罪者が、警察を凌ぎ軍隊並みの銃器を密輸などで手に入れるのだから、市民側も対抗するための銃器を持てなければ釣り合いが取れないというものだ。
一理あるのだが、一般市民の所有者が銃器をきちんと安全に保管できるかどうか、非常に心配である。
軍や警察だったら、一応使っていないときの銃器保管については適切な武器庫に格納されるだろう。
それでも不良軍人や警官による武器横流しのような事件はたまに起きる。

これが一般市民の場合に、住宅や店舗の敷地への侵入者に対して守備を行使するという本来の目的以前に、保管のルールが決まっていないと、子供が銃器をいじる事故に遭ったり、これまで密輸業者に代金を払って銃器を入手していた悪党が、空き巣や強盗などの犯罪に多少の手間を掛けてまで、タダで銃器を手に入れようと考えても不思議ではない。

携帯に関しては余計心配である。
これから携帯を許可していこうという対象に、市会議員とか、弁護士のような職業に大判振舞である。
国会レベルの議場で暴力沙汰が起きるのは、ニュースで見る限りアジアの国々に多いような印象があるが、ブラジルもないわけではない。
ましてや地方議員に至っては素性のわからないのが結構いる。

難しい試験と定員が障壁となる判事や検事と違って、弁護士は法学部を卒業してブラジル弁護士会(OAB)の資格試験に合格するだけでなれるから、やたら数が多い。
OABによると全国に百十万人の弁護士がいるそうである。
もちろん全員が弁護士の仕事をしているわけではない。
でも銃器携帯に関しては、弁護士の仕事をしているかしてないかなど調査できない。
弁護士資格が条件だ。
弁護士全体の10%だけが銃器を携帯したいと思っても、11万である。

弁護士仲間の宴会など、危なっかしくて行けるものではない。
弁護士の夫婦喧嘩とか不倫騒ぎとか、考えたくもない。

ブラジルには血気盛んで荒っぽい性格の者が多いから、この手合に銃器の携帯を認めるのは害にしかならないだろう。

最もこの政令は違憲審査申請がいくつも出ていて、かなりの修正を受けるものと予想される。

2019年6月3日追加

今日発表された世論調査会社IBOPEによる聞き取り世論調査結果

銃器所有規制の緩和について
反対 61%
賛成 37%
わからない 2%

銃器携帯規制の緩和について
反対 73%
賛成 26%
わからない 1%

2019年5月24日

銃器について少し詳しくなる

ブラジルの銃規制緩和について、最近(2019年5月)出た政令では、市民が入手できる火器の威力が大幅にアップする。

銃器の威力は発射時に放出される運動エネルギー量(força cinética)で規定されて、今までは407ジュール(joules)までの銃器が許可されていた。
下の表で網をかけた銃種である。

日本語の名称nome em português口径運動エネルギー(J)
リボルバー32revólver 320.32"175
リボルバー38revólver 380.38"391
ピストル38pistola 3800.380"300
ピストル40pistola 400.40"676
ピストル9x19mmpistola 9x19mm9mm610
半自動カービン銃40carabina semiautomática 400.40"800
半自動カービン銃9mmcarabina semiautomática 9mm9mm600
小銃 T4fuzil T45.56mm1320

口径(en. caliber キャリバー, po. calibre カリブレ)は、銃口の内径で、インチの場合はその百分の一を一単位として例えば38口径、書くときはコンマがついて.38のようになる。
ポルトガル語で小数点はコンマ(,)であるが、この場合は小数点であっても日本語や英語と同じくピリオド(.)を使うようである。
ポルトガル語では例えば上表1番目の38口径は、レボルヴェル(・カリブレ)・トリンタ・イ・オイト。
カリブレを省略しても通じる。

ピストルの場合にポルトガル語でカリブレ38でなく380となるのは、多分モデル名から来る慣習だと思われる。
リボルバーは弾倉が回転するもの、ピストルは弾倉がマガジン式のものと理解している。

口径がメートル法だったら、ミリメートルが単位となる。
数字が並列するのは、口径×薬莢長

新しい基準ではこの限界値が、約4倍の1,620ジュールまでにも増える。
上表の網掛けだけでなく、全部がこの限界値に収まってしまう。

表の中では一番下にある最強の小銃T4は、軍隊でも使用されるアサルト・ライフルであるらしい。
T4はブラジル製造のモデル名である。
新しく市民の所有が許可される可能性のある銃器にある、カービン銃はライフルより銃身が短い小銃である。

批判の多いこの政令については、小銃や自動・半自動の銃器は市民には許可されない、最終的な銃種は防衛省が検討して決定するということなので、まだかなりの変更が加わると思われる。

(放送局Globoのポータルの、2019年5月20日付ニュース記事を参考にした。)

2019年5月19日

パチネッチで走ろっち

ポルトガル語で「パチネッチ(patinete)」という玩具とも乗り物とも言えるものがある。
さてこれは日本語で何と言うのだろうか?
この物の名前を日本語で呼んだことも、これについて日本語で書かれた文を読んだこともないのに気づいた。

ようやく調べたら、英語でscooterとか、kick scooterと言われるらしい。
scooterには動力付きと動力無しがあるようだ。
日本語では少し複雑で、キックスクーターは英語から直接の導入語で、キックスケーターは和製英語、キックボードは商品名とか、ややこしい。

「現代ポルトガル語辞典」白水社(1996)では、見出し語patineteは、
男性名詞 [子供用の、片足で地面を蹴って進む]スクーター
とある。
しかし、ニュースで解説していたが、
サンパウロでは、o patinete(男性名詞)
ベロ・オリゾンテでは、a patinete(女性名詞)
と異なるそうで、これも方言の一種だろう。
Wikipediaポルトガル語版には、o patineteと書いてある。
そして、聞いたことはなかったが、ポルトガルのポルトガル語ではtrotinetaと呼ぶのだそうだ。
日本語の呼び方のようにややこしい。

さてこれがサンパウロのようなブラジルの大都市内の、手軽な交通手段になっているとニュースに取り上げられた。
企業が多数購入して、契約ユーザーがシェアリングできるスマートフォンのアプリと共に提供するのだが、ユーザー自身が購入したり持ち運ぶ必要がないことから、最近9ヶ月足らずの新しいものであるのに、爆発的に広がっているという。
自分で蹴って漕ぐタイプではなく、充電式のモーター付きであるから、スピードはそこそこ速く、しかも疲れない。

このような子供が遊びに使っている、半分はおもちゃにみえるのだが結構スピードが出る物が、町中にはびこるとどういうことになるか。
歩行者との接触事故や、転倒事故が増える。
歩道へ乗り上げるところやマンホール設置の段差では、注意散漫でスピードを出していると、車輪径が小さいだけに乗り越えられなくて、すぐに転倒する自損事故が起きる。

なにぶん新しいものだから、法制が追いついていかない。
国の交通局(Departamento Nacional de Trânsito)は、歩道を走行するときは時速6キロ、自転車レーンを通行するときは時速20キロと定めている。

最近サンパウロ市は独自に市法を作り、ヘルメット着用を義務づけ、歩道上の通行を禁止して、自転車レーンと普通車の最高時速が40キロである道路の通行を認め、最高速度を時速20キロと定めた。
サンパウロでは全ブラジルに先駆けて、パチネッチを歩道から締め出し、車道へ追いやったのである。

なおブラジルで動力付きのこれを、公道で運転するのに免許は不要である。

2019年5月2日

薬漬け借金地獄にあえぐベネズエラ

日本が平成から令和への代替わりに熱狂していたころ、南アメリカのニュースはベネズエラに集中していた。

どちら側も自分が正統な政権だと考えているし、だから呼び方には困るのだが、一応継続していることからニコラス・マドゥロ(Nicolás Maduro)大統領側を政府側、フアン・グアイド(Juan Guaidó)宣言大統領(presidente auto-proclamado)側を反政府側とここでは呼ぶ。

メーデー予定より一日前倒しされたと言われる4月30日の中途半端な蜂起の後、両者の不可解な数時間にわたる消息不明があってから、夜になって両者は再び表に現れて、それぞれの立場から表明をした。
5月1日は一見元に戻って反乱側は毎日街路で示威行動を進めていくようだし、マドゥロの演説は相変わらず威勢がよい。

しかしまさに中途半端に終わった原因であるベネズエラ軍の内部状況、正確に言えば司令部に対する忠誠度が微妙に綻んでいるようなのである。
多くの反乱側大衆や世界のマスコミが勘違いする元となった、グアイドの「行動を起こせ」声明では、彼の両側に軍服が何人も並んでいた。

米国のマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)国務長官、ジョン・ボルトン(John Bolton)国家安全保障問題担当大統領補佐官などは十分な確信を持って、「ベネズエラの三権や軍部の一部などの説得によって、後少しのところでマドゥロのキューバへ亡命の瀬戸際まで追い込んだのに、土壇場でロシアが出しゃばって亡命を思いとどまらせた」と発表した。
米国の情報によると、2万5千人ものキューバ軍兵力がベネズエラ国内に駐留しているらしい。
もちろんロシアは関与を否定した。
でもロシア軍用機のベネズエラ国内での駐機が確認されているし、ベネズエラの舞台裏では米露交えて陰謀が渦巻いているとみえる。

しかし消息不明から戻ったマドゥロの声明では、彼と同席した多数の軍将官は、軍部の政府への忠誠を表明していた。

活字にはならないが、放送で口頭で伝えられた情報が興味深い。
マドゥロは定員より2千人も多い将官を任命して、高い給料を支払っているだけでなく、そのうちの多くの者が麻薬と武器の密売に関わって懐を肥やすのを認めている。
それだけでなく、上納金のように吸い上げた不正資金が選挙運動費用に使われているという。
自分でやっていなくても、これは薬漬けだ。

取引に関わっているのだから、自分ひとりでふけって勝手に破滅する常用者より質(たち)が悪い。
密売に関わって甘い目をみている軍将官は、政権が替わって米国へ引き渡され密売で裁かれるのを何よりも恐れているから、命をかけてマドゥロ政権を支える動機が極めて強く、軍の士気は高まる。

ベネズエラにくっついているのはロシアやキューバだけではない。
ロシアやキューバはあまり金を持っていないが、中国は余裕がある。
そして反米産油国からできるだけの果実を収穫しようと、中国はベネズエラ政府に大きく投資して貸しこんできた。
当然中国にとっては、政府が替わってしまって、「あれは馬鹿な前政権がやったこと」などと返済を渋られたらかなわない。
だから制裁をかいくぐっても、マドゥロ政権を支持しなければならない強い動機がある。

2019年4月30日の騒動では、25名のベネズエラ軍兵士がカラカスのブラジル大使館に亡命を申請した。
彼らのうち最高位が中尉であるというから、まだまだ将軍たちは体制側についている。

ベネズエラと接するブラジル・ロライマ州パカライマ国境で、ベネズエラ政府が一方的に国境を閉鎖して二ヶ月位経つが、一日あたり約250人だったブラジルへの亡命あるいは一時滞在を求めるベネズエラ市民は、この4月30日一日だけで約850人と急増した。

これからのベネズエラの行方はひとえに、グアイド側の民衆がどれだけ、マドゥロによる恩恵をそれほど受けていなくて不満を持つ下士官や兵士、それから密輸に手を染めていない正義の将官を説得して軍勢力を分裂して、反政府側に加勢させることができるかにかかっているだろう。