2019年12月30日

自由裁量田舎バス

前に話題にしたワンダー一杯田舎バスの路線は時々使うのだが、半年くらい前の、ブラジルのこのあたりでは寒い日のできごとを思い出した。

一年で一番寒い日は6月から7月の頃に起きる。
日は短く夜の訪れは早く、寒さのため出歩く人は少ない。
夜7時ターミナル発でやって来た路線バスに7時10分ころ乗ったら、先客は男女二人であった。

ブラジルの市内路線バスは料金均一であることが多いが、前乗りで料金を支払うかICプリペイドカードをタッチして、乗客数を計数するカトラカ catraca、あるいはロレタ roletaと呼ばれるターンスタイル(回転木戸)を回して後ろ側の広い区域へ入るようになっている。

木戸を回して私達が入ったのだが、後ろ側に女性がひとり座って私達を呼ぶ。

「ちょうどよかったあんたたちが乗ってきてくれて。わたしたちすぐ先で降りるから。この運転手新人だから道順教えてあげて」

「教えるってどうするの?」

「私のダンナが前にいるでしょ。運転手に説明しているの」

「なんで乗客が道順教えなければならないの?」

「夜運転するのが初めてで自信がないんだって」

「え、でも俺あの農場地域の土道のところ、夜しか通ったことないから道案内などできないよ。バスが道間違えたら、知らない狭い道で真っ暗な中で方向転換なんて無理だよ」

「行かなくていいから」

「今なんて言った?」

「あの土道には行かなくてもいいそうよ」

「でも路線図を見ると、あそこへ行く決まりだろ?(しかしあの区間で人が乗り降りするのを見たのは、これまでにたった一回だけだし、きっと今夜も誰もいないだろう)」

確かに「ツバメ公園」集落を抜ける前に、道案内夫婦は降りていった。
今度は私達が道案内する番だ。
他に乗客はいないので言った。

「運転手さん、道路がよく見えるように室内灯消していいですよ。安全第一でよろしく」

果たしてバスは方向転換点であるバル「揚げ魚」に着いた。
寒い日でバル「揚げ魚」も、営業しているのかどうかわからないほど閑散としていた。
バスの転回スペースを邪魔する無法駐車もなかった。

「確かこの辺にUターンする所があったよな?」

(全く頼りないな)と思ったが、冷静に教えなければ自分の身が危うくなる。

「右側の大木のところで右側に大回りして、木を一周して方向転換するんだ」

バスはぎくしゃくしながら、慣れている運転手だったら必要のない2回ほどの切り返しをして、もと来た道へ向きを変えた。
普段から往来の少ない道だが、道を塞いだときに対向車がなくてよかった。

舗装された本道と農場地域へ入る土道との分岐がある「肌黒男たちの小屋」のロータリーを回っているとき、運転手にどの方向へ抜けるのか確認のために聞かれた。
確かにこの田舎のロータリーには、行先案内標識など全くない。
それが最後の質問であり、後は道に迷ったり質問されることもなく、バスターミナルに着いた。

運行路線を短縮したのは一体誰の権限なのだろうか。
もしも私達がいなかったら、果たしてこのバスはバル「揚げ魚」まで、いやそのずっと手前の「肌黒男たちの小屋」集落まで行っただろうか。

それとも誰も乗客がいないのを良いことにして、「ツバメ公園」集落で打ち切って、バスを止めて少し時間つぶしをしてから、しらっとした顔でターミナルへ帰ってしまったのではないか。

運転手が勝手に運行路線を短縮してしまったら、多分装備されているタコメーターでバレてしまうはずだが、バス運行本部もグルなのか?
ブラジルの田舎路線バスについての、答えのない疑問はたくさん残っている。

2019年12月15日

環境の決め手は中国とマトリックス

COP25がマドリッドで開催されているが、最終声明に手こずっている。
環境問題であるが、私たちは地球を守る必要などない。
何より地球を守るなどと大それたことなどできないし、地球は人間の営みなどで壊れることはない。
壊されるのは人間、多分その一部と、哀れにも巻き添えを食ういくらかの動植物であって、地球は壊れない。
地球は強靭で崇高なものだ。

火星や金星には、昔は空気や水があったと信じられているが、誰も悪さをしないのに、現在は呼吸できない薄い大気とか、高圧高温の有害な大気という厳しい環境になっている。
火星や金星自体は、多分外観がかなり変わっているかもしれないが、びくともしていない。
地球もそれと同じで、表面で何が起きようとも全く気にしていない。
惑星に意識があったとしての話であるが。

二酸化炭素が増加しているからと言っても、それは大昔に植物やプランクトンであった炭素が、石油や石炭のような炭化水素に形を変えたいわゆる化石燃料が、大気中に放出されているものである。
大昔の地球は、植物がおきなく吸収して繁茂できるほどの二酸化炭素の濃い大気であり、高温多湿であったであろう。
どんどん育ってから次々に倒れて地面に積もり重なり合って、腐った植物が高圧で固体になったものが石炭だと教わった。
海中にはプランクトンも大量に繁殖して、海底に積もったその死骸が地殻変動で地中に取り込まれて高圧・高温の作用で濃縮された炭化水素になったものが原油と理解している。
1億年以上に渡って地中に蓄積された炭化水素が、ここ数百年で全部放出されたらどうなるのか。
  1. 大気中の二酸化炭素濃度が増える
  2. 温室効果で気温と表層海水温が上がる
  3. 極地方の氷が溶けて海面面積が増大する
  4. 海面の蒸発量が増える
  5. 高温多湿のため巨大低気圧が陸地を襲う
  6. 豊富な二酸化炭素、水、高温多湿のため石炭紀のような植物が進化する
  7. 石炭紀の再来
というわけで、地球はちっとも困らない。

もう面倒だから何も環境対策をしないというのはどうだろう。
温暖化などがほら話だったなら万歳、不幸にも災厄が本当に起きたのなら、残念ながら人類社会の弱いところが犠牲になって人口を減らしてもらう。
人口が減って生産活動の規模が小さくなれば、環境への負荷の排出は同様に小さくなって、環境を生命維持が難しい方向へ悪化させてきた要因はなくなる。

でもそれはあまりにも無策と言われそうだから、妄想を働かしてみる。

環境が悪化していく途上で、今はかなりバラバラな科学者の意見が収斂して、全人類の賛同を集結することができて、全世界の国々の指導者が団結することに成功すれば、放っておいたら更に人類生存に不適になる環境悪化をくい止めて、その修復のために人類の全力を傾けるという、感動的な復活のシナリオが描けるだろう。

バラバラな科学者の意見を調節するためには、難しそうだが、世界に唯一の地球気候変動に責任を持つ気候変動定義学会を作って、できるだけ多くの観察・実験結果から計算に使われる多数の係数を世界一意に決定して、唯一の全地球モデルによる気候予測を算出する。
人類活動による二酸化炭素(とその他の温室効果を起こすガス)排出と気候変動の間に因果関係が存在するのならば、異論が出なくなるまで、環境悪化は容赦なく続き、データは蓄積して、因果関係存在説への賛同がどんどん増えるだろう。
検討し尽くされて誰もが納得したこの段階から先、異論やちゃぶ台返しは絶対許してはいけない。

拒否権によって何も決まらないような安全保障理事会など廃して、気候変動定義学会の成果を忠実に実現するため、絶対的な強制力を持つ地球未来総会を創設して、その指揮のもとで各国は温室効果ガス削減を指導・監視される。
そうだ、この期になってまだ権力にしがみついて、生活緊縮から逃げ切ろうとする、年金受給世代の影響力を削ぐために、前回の記事環境は年金と同じ老若対決で書いたように、年金負担世代の投票権を2倍にすることを、地球未来総会は世界中の民主主義国へ強制しなければならない。
絶対君主国や独裁国にはその強権を発揮させて、地球未来総会の決定に国を従わせる。
人類生存の危機だったらできるだろう。

理論的に言えば、国民一人当たりが大量の二酸化炭素を排出している国は、削減すべき量が大きくなるはずである。
ただ、誰でも今優雅な暮らしをしている人は贅沢を失いたくない。

現在ブラジルを含めて開発途上国が持っている不満は、先進国は環境問題などなかった時代に、時には植民地を利用して化石燃料を自由に使って豊かになることができたのに、環境政策の制約のため、途上国に豊かになる権利がないのは不公平であるというものだ。
それだったら、豊かな国、つまり国民一人あたりの温室効果ガス排出量が多い国の必要削減量の一部を、貧しい国に支払うことにすれば良い。
難民を流出させるような途上国は大部分熱帯近くにあって、当然国民一人あたりの温室効果ガス排出量は低いはずであって、温室効果ガス削減量の移転を受け取ることができる。

ただでお金がもらえるのではなく、その代償は、移転された資金を使って、絶対に難民を他国へ流出しないで暮らせるような仕組みを国内に作ることである。
祖国で十分人間的な暮らしを送れるのならば、難民として他国を目指す必要がなく、摩擦を起こす原因となりうる人間の移動を制限できるのなら、制度化された国際的なベーシックインカムであっても構わないと思う。
難民問題はこれで解決。
人類生存の危機だったらできるだろう。

温室効果ガス排出量を的確に捉えることはできるか?
産業場面では当然農業や工業の生産でも、サービス業のサービスでも、経済活動にコスト計算がされているのだから、温室効果ガス排出量はどちらかというと算出しやすい。
世界中の会計士よ、あなた達の出番だ。

問題は個人の活動である。
ブラジルのように貧富の差が世界一、二の不公平な国であったらどうするのか。
下手に平均で語っては、貧富の差による不公平は埋まらない。
どうするのか。

中国のようにキャッシュレス支払いシステムと顔認識機能つき監視カメラをめぐらして、国民の行動を全部記録するのである。
国民一人ひとりの行動を追跡して、牛肉を1キロ食べたから何グラム、飛行機で1000キロ移動したから何グラムといった標準排出量を合計すれば、その個人の一ヶ月とか一年とか単位期間当たりの温室効果ガス排出量が出せるはずである。

共産党幹部が素直に従うかは非常に疑問が残るが、全世界で実施することに全世界が同意するくらい気候悪化が切羽詰まったら、中国政府が経済分野のようにええかっこしいして、ついでに儲けを取ろうとシステムを全世界に売りまくる算段をして、結構率先してやるかもしれない。

現在の中国の技術と監視体制でも国民が、都市部だけではあろうが、何を購入して何を食べて、どこへどの交通機関を使って移動して、そこで何をしたかが、かなりわかっているのではないだろうか。
国民個人の信用力が調査されて、様々な場面で使われているらしい。

そうすれば今贅沢をしている人は排出量削減目標は大きく、美食や観光は諦めるように命令され、慎ましい暮らしの人は目標は小さく、今の暮らしとあまり変わらないことだろう。
反社会的勢力は命令から逃れようとするだろうから、本番に入る前に先進国の排出量移転の資金を利用して徹底的に潰す。
貧富の差という社会問題はこれで解決。
人類生存の危機だったらできるだろう。

行動と精神の自由を制限されてまで生きたくない?
今から全世界総力でAI技術を集結して、もうマトリックスのように何もしないでカプセルの中で培養されて、仮想現実世界で思いっきり贅沢をすればいい。
人間の精神の自由の問題はこれで解決。
人類生存の危機だったらできるだろう。

2019年12月14日

環境は年金と同じ老若対決

pirralho, -a 名詞 子供;小柄な人
ativista 名詞男女同形 活動家

ごく最近世界のニュースで注目されたポルトガル語の単語がある。
ブラジルのボルソナロ大統領がグレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)を語るときに形容した単語、pirralhaである。

ポルトガル語の綴りと発音規則を知らないと多分どう発音するのかわからないだろう。pirralho ピラーリョ、私の地方の発音に従うとピハーリョ、「ガキ」とは書いてないが、上の訳は辞書によるものだ。
グレタは女性なのでpirralha ピラーリャである。

グレタ少女が米国の雑誌Timeの「今年の人」に選ばれて表紙に載ったことに反応したトランプ大統領であるが、自分がとってやろうと目論んでいるノーベル平和賞を、下手したらさらわれそうだという恐れから出た発言ではないかと思ったりする。
「俺より目立っているから癪だ」という理由かもしれない。

この「とんがった少女」は、もう将来の道は活動家に決まったようなもので、政治家になる可能性も高いが、世界はその一挙一動に注目しているから、予想に反して清貧であることをやめて、肉食をしたり自家用機で飛び回ったりし始めたら世間の風当たりは半端ではないだろう。

とにかく今のところ、名指しでグレタさんについてネガティブな批評をしたのはトランプ大統領とボルソナロ大統領であって、それに応ずるグレタさんのSNSへの発言には面白がって、記事にすると視聴率は上がるから喜んでいるのは世界のマスコミである。

環境問題は押しなべて人類に関わるのではなく、地域間にでもあるが、世代間に利害対立が生ずる運命である。
これから20年の余命しかない世代が世界の国々を代表して、やりたくない決断を渋って先延ばしにして、もしも大災厄が本当に存在するのだったら、これから80年生きる世代の未来を左右する状況なのだ。

この世代間闘争、もっと直截にいうと老害排除のために、各国の公式な年金受給年齢に達した有権者の票数を1票から0.5票に削減すればよいのだ。
もっと良さそうなのは、年金受給世代の票数を1票としておいて、年金負担世代の票数を2票にするのだ。
そうすれば2票の使いみちを、与党をもっと盤石にしたければ与与、バランス感覚を考えれば与野、政権交代を望むのなら野野のように、あるいは、右右、右中、中中、左中、左左、もちろん左右でもよいが、自分の票の使い方に選択肢が増えて投票が楽しくなるから、投票率も少しは上がるだろう。

年配の人の経験と知識を社会に奉仕してもらうために、選挙権は二分の一にしても、被選挙権は年齢に関わらず維持するのである。
参政権の侵害だという意見には、国民や人類の生存権の尊重という意見をぶつけてやれば良い。
もちろん受給世代の尊厳ある生存を保障することは、成文化して不安を取り除く。

環境問題は地球全体に関わることであるから、日本が率先して世界にこの方法を呼びかけて、年金年齢は国によって違っても、将来生きる時間に応じて負担世代と受給世代の意見の重みを加減するのは、環境、人口などの問題の全世界的解決に役立つことだろう。

現在フランスは年金改革に反対するストやデモでなかなか荒れているが、50歳で年金入りする制度を維持したいというのが労組の要望であっても、選挙権が半分になると言ったら少しは考えが変わるかもしれない。

もちろん書いていて、憲法改正が必要であるから、老年人口が既に増えた今では、この試みは絶対無理だとは思う。
でもグレタ少女の登場は、若い世代にとってその意見を反映していくのにどうしたらよいか考える絶好の機会を与えてくれる。