前に話題にしたワンダー一杯田舎バスの路線は時々使うのだが、半年くらい前の、ブラジルのこのあたりでは寒い日のできごとを思い出した。
一年で一番寒い日は6月から7月の頃に起きる。
日は短く夜の訪れは早く、寒さのため出歩く人は少ない。
夜7時ターミナル発でやって来た路線バスに7時10分ころ乗ったら、先客は男女二人であった。
ブラジルの市内路線バスは料金均一であることが多いが、前乗りで料金を支払うかICプリペイドカードをタッチして、乗客数を計数するカトラカ catraca、あるいはロレタ roletaと呼ばれるターンスタイル(回転木戸)を回して後ろ側の広い区域へ入るようになっている。
木戸を回して私達が入ったのだが、後ろ側に女性がひとり座って私達を呼ぶ。
「ちょうどよかったあんたたちが乗ってきてくれて。わたしたちすぐ先で降りるから。この運転手新人だから道順教えてあげて」
「教えるってどうするの?」
「私のダンナが前にいるでしょ。運転手に説明しているの」
「なんで乗客が道順教えなければならないの?」
「夜運転するのが初めてで自信がないんだって」
「え、でも俺あの農場地域の土道のところ、夜しか通ったことないから道案内などできないよ。バスが道間違えたら、知らない狭い道で真っ暗な中で方向転換なんて無理だよ」
「行かなくていいから」
「今なんて言った?」
「あの土道には行かなくてもいいそうよ」
「でも路線図を見ると、あそこへ行く決まりだろ?(しかしあの区間で人が乗り降りするのを見たのは、これまでにたった一回だけだし、きっと今夜も誰もいないだろう)」
確かに「ツバメ公園」集落を抜ける前に、道案内夫婦は降りていった。
今度は私達が道案内する番だ。
他に乗客はいないので言った。
「運転手さん、道路がよく見えるように室内灯消していいですよ。安全第一でよろしく」
果たしてバスは方向転換点であるバル「揚げ魚」に着いた。
寒い日でバル「揚げ魚」も、営業しているのかどうかわからないほど閑散としていた。
バスの転回スペースを邪魔する無法駐車もなかった。
「確かこの辺にUターンする所があったよな?」
(全く頼りないな)と思ったが、冷静に教えなければ自分の身が危うくなる。
「右側の大木のところで右側に大回りして、木を一周して方向転換するんだ」
バスはぎくしゃくしながら、慣れている運転手だったら必要のない2回ほどの切り返しをして、もと来た道へ向きを変えた。
普段から往来の少ない道だが、道を塞いだときに対向車がなくてよかった。
舗装された本道と農場地域へ入る土道との分岐がある「肌黒男たちの小屋」のロータリーを回っているとき、運転手にどの方向へ抜けるのか確認のために聞かれた。
確かにこの田舎のロータリーには、行先案内標識など全くない。
それが最後の質問であり、後は道に迷ったり質問されることもなく、バスターミナルに着いた。
運行路線を短縮したのは一体誰の権限なのだろうか。
もしも私達がいなかったら、果たしてこのバスはバル「揚げ魚」まで、いやそのずっと手前の「肌黒男たちの小屋」集落まで行っただろうか。
それとも誰も乗客がいないのを良いことにして、「ツバメ公園」集落で打ち切って、バスを止めて少し時間つぶしをしてから、しらっとした顔でターミナルへ帰ってしまったのではないか。
運転手が勝手に運行路線を短縮してしまったら、多分装備されているタコメーターでバレてしまうはずだが、バス運行本部もグルなのか?
ブラジルの田舎路線バスについての、答えのない疑問はたくさん残っている。
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