2018年12月29日

巷にあふれるマシェット


高千穂6人殺害 凶器は軍用山刀「マシェット」か

毎日新聞2018年12月26日 13時24分(最終更新 12月26日 20時38分)

記事の見出しが気になるのである。
軍用山刀「マシェット」?

「マシェット」は、スペイン語のマチェテであろう。
Wikipediaをみると、マチェテは、「中南米の現地人が使う山刀のスペイン語による呼称である」と説明している。

ポルトガル語でも同じ綴りでマシェチと読む単語はあるが、同じものを私たちはファコン(facão)と呼んでいる。
ナイフ(faca)に指大辞がついて「大ナイフ」といった意味になる。
ファコンなら私も使うぞ。
だから私も中南米の現地人なんだぞ。

しかし新聞の見出しの「軍用山刀」とは何だ。
確かに軍用に使われていることは上のリンク(特に英語版が軍用の使用について歴史を交えて説明している)を見てもらうとわかる。
普通の読者の受ける印象では、軍用と書かれると非常に危険な武器であると感じてしまうだろう。

昔はともかく、現代はファコンを使って白刃戦をするというのではない。
ブラジル陸軍はアマゾン(あるいはその他の原野や森林)でサバイバル訓練をするらしいが、欠かせないサバイバル用品であることは認める。
野生動物の狩りをしたり、戦わなければならないこともあるだろう。
実際は、軍需よりも民生用のほうが多いと思う。
高千穂でこれによって6人も殺されているから、武器ととらえられても仕方ないか。

私たちはこれを使って、行く手を塞いでいる枝葉や灌木を切り払って通り道を作ったり、草刈りをしたり、枝を打ち払って製材したりの作業をする。
農場には大小2つあった。
日本では鉈や鎌を使うような作業に、ブラジルのファコンは使われている。

ブラジル旅行をして、海岸の屋台で売っているヤシの実のジュース(液体の胚乳)を頼んだことがある人は見たかも知れないが、器用なココナツ売りは左手にヤシの実を持ち、右手に持ったファコン一つでヤシの実の片側を削って、ストローを差し込む穴を開けてくれる。
ココナツジュースがなくなると、ファコンで半分に割ってくれて、同じようにファコンで実の果皮をそぎ取ったものをヘラにして、ココナツの内側についたゼリー状の胚乳を食べる。
つまり、ファコン一つでココナツ売りの全ての用が足りるわけだ。

サトウキビの収穫は、現在は1台で200人分(この数についてはうろ覚え)の働きをするハーベスターを使って行われることが多いが、昔は人手に頼っていた。
収穫期になったサトウキビ畑に火を入れて、茎の周りに密着していて収穫作業の妨げになる、鞘状になっている下葉の基部を燃やしてしまう。
収穫の対象となる茎だけになったサトウキビを、収穫人はファコン一つで刈り倒して、集められた茎は砂糖やアルコール製造の原料になるために計量運搬される。
このようにファコンは軍用より何よりも農具なのである。

従って、どこの農機具屋でも売っている。
もちろん購入するのに許可などいらないから、誰でも買える。
日本の鉈や鎌よりも普及していると思う。
「殺傷能力の高さから、南米においてはしばしば凶器として犯罪に使用される」というWikipediaの解説がある。
鉈よりは軽いから、殺傷能力も鉈よりは低いと思う。

あるときある牧場でシュラスコがあったのだが、カウボーイ頭の男が腰にピストルをつけていたので、「お前そんな物を持ってきて大丈夫か?」と聞いたら、「いや荒っぽい奴が多いから」と答えた。
「危ないのはお前の方だろう」と言いたかったがこらえた。
部下をいつもいじめまくっていて、酒の入った娯楽の座で仕返しされるのを恐れているのかとも想像した。
遠くから馬でやってくるカウボーイ(vaqueiro ヴァケイロ)たちは、腰に鞘に入ったファコンを着けていなくても、馬具に装着しているだろう。
道中で藪を切り開かなければならなくなる可能性があるから必需品といえる。

秀吉が刀狩りを行ったのは、支配層の力を絶対的に増大するだけでなく、民衆の間に犯罪の凶器となりうる武器や道具を溢れさせないので、警察力が小さくても、凶悪犯罪は起きにくくなるわけである。

ブラジルの農村社会では農林造園機具でもあるファコンを取り上げてしまっては仕事にならない。
つまり、ブラジルでファコンを取り上げたり、所有認可制にするような政策はありえないから、社会にファコンが溢れているのは仕方ない。
当然だが、物は物に過ぎず、道具はそれを使う人によって善にも悪にもなる。

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