2020年1月3日

風のようにゴーン

2019年から2020年の年末年始の大ニュースは、カルロス・ゴーン(Carlos Ghosn)大逃走であった。

見張られている建物に人が入って、そこから人が消えてしまうケースで思い出すのは、サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件である。
この事件は2018年10月2日、舞台はトルコ、イスタンブールのサウジアラビア公館であった。
つまりサウジアラビア政府公認に近い殺害である。

現在でも「サウジアラビア総領事館内で殺害されたとみられる」という書き方しかできないのは、トルコの警察権が及ばない外国公館敷地で溶解されたとか、灰になったとか、分断されて運び出されたかわからないからであろう。
何よりもサウジアラビア政権そのものであろうムハンマド王子が黒幕となっていると推定されたが、確たる証拠がないということだ。

これら事件から類推できるのは、次のことである。
  • 貨物を搬送する業者がグルだったり、買収されている可能性が高い
  • 見張る建物には、人間の出入りだけでなく、生きている人間が入れる大きさの貨物の出入りも注意しなければならない
  • しかし死んだ人間の場合はもっと小さな荷物に小分けされることも想定しなければならない
  • 容疑者が権力者の場合、捜査結果は真実とは限らない可能性がある
  • そしてこの世の沙汰は金次第-裁判官を買収しなくても、高額保釈金支払いも、大掛かりな逃走でもなんでもできる
一番最近のニュースによると、カルロス・ゴーンはフランスのパスポートを2通持っていて、一通は弁護士のもとにあったが、もう一通はゴーンの手元のケースにあって、弁護士は鍵だけを保管していたのを今になって思い出したというから、全くこれは出来レースであることがわかった。

現在所持しているパスポートを紛失とか盗難とかの虚偽の理由で、回数が多いと怪しまれるだろうが、1回くらいは再発行してもらうことは可能であろう。
最近のパスポートは万国共通のフォーマットで、表紙裏(1ページ目)に英数字2行記載で、内部に非接触ICカードが埋め込まれている。
出入国時に物理スタンプを押さない場合でも、ICカード情報には出入国来歴が電子的に記録されるのだろうか?
再発行に関しては次の2つの疑問がある。
  • 再発行のタイミングで最初のパスポートの無効手続きが行われて、任意の国の入出国管理で最初のパスポートを読み取り機に通したときに、オンラインで発行国データベースにアクセスして、即座に無効パスポートであることがわかるか
  • 新しいパスポートを機械読み取りして発行国データベースに照会をしたときに、元のパスポートが行方不明になっている、少し怪しい再発行パスポートであることがすぐにわかるか
具体的にはこうするのだろう。
  1. 将来没収されることを予期して、現行パスポートを隠しながら紛失したと言って再発行してもらう
  2. 裁判所よりパスポートを提出するよう命令が出たら、隠しておいた古いパスポートを裁判所に渡す
  3. 新しいパスポートを使って逃亡する
ゴーンは三重(あるいは四重)国籍なので、フランス、レバノン、ブラジル(とナイジェリア)それぞれに再発行してもらい、理論的には6通以上を所持することが可能である。

だいたい抜け目なく頭の切れると評判の辣腕弁護士が、パスポートが2通あるという最重要なことを忘れるわけがない。
そして、弁護士や裁判官は、フランス発行で有効なゴーンのパスポートが2通出てきたとき、不審に思わなかっただろうか?
仕組まれた茶番劇であることが推察されるのである。

これから想定されたシナリオに従って、各参加者は予想される行動をして予想される反応をしていくだけである。

警察・検察は「逃げたということはクロ、だから裁判所にあれだけ言ったのに、我々の捜査は正しかった」
裁判所は「法律の要件に従って妥当な保釈金であったし、法律が許す範囲のことは不公平なく行ったから保釈に落ち度はなく、裁判続行できないのは残念である」
法務省入国管理局は「パスポートの照合による出国管理は万全であるのに、我ら税関ではないから荷物の中まで点検する権限はない」
弁護士「依頼人の裏切りだ、パスポートに関しては人間誰も忘れることがある」

一応どの参加者も自分が責任者でないと、他人に責任押し付けが可能だ。

カルロス・ゴーンを受け入れる側の国の事情はどうだろうか。

カルロス・ゴーンが四重国籍(ポルトガル語Wikipediaによる)をもつようになった理由は、
  • レバノンは1920年-1943年に大レバノン État du Grand Liban と呼ばれるフランスの委任統治領であった
  • 祖父がレバノンからブラジルへ移住した
  • その息子(カルロスの父)はレバノン系ブラジル人になるが、ナイジェリア生まれのレバノン人である女性(カルロスの母)と結婚した
  • カルロスは生地主義であるブラジルで誕生した
ということだろう。

まずフランスは、3カ国の中で一番日本と価値観が共通している。
共和国制度の雄であり、成功した立憲君主制民主主義国家と自認する日本とはG7仲間でもあるから、ゴーンが入国したら、日本からの要請を外交的に対応する必要がある。
富裕層寄りとみられているマクロン政権は、富裕層と労働階級に国内を分断している、黄色ベスト運動や年金改革反対スト・デモという国内問題に苦しんでいる。
マクロンがゴーンの強い味方と自認することは、反対勢力の反発を呼ぶ可能性がある。
英国が抜けるのでEUの大国として事後のEU引き締め対策も大変である。

フランス側でもルノー経営に関わるゴーン捜査が行われているため、ゴーンがフランスにいるなら本格捜査が行われるだろうから、ゴーンは日本に引き渡しはされないとしても、フランスを避けたい理由がある。

ブラジルはどうか。
日本からは投資を呼び込んで経済的結びつきを強固にしたいブラジル政府は、日本政府との間に障害を生ずることは避けたい。

ブラジルでは、カルロス・ゴーンはブラジル人であることをニュースでは必ず言うが、「困っているならブラジルに来るべきだ」という意見は、少なくとも表立っては全く聞いたことがない。
ボルソナロ大統領はイスラエルを盟友と考え、他のイスラム・アラブ世界とは少し距離を置く。

以上のような理由で、フランス政府もブラジル政府も内心は、ゴーンには来てほしくないと思っているだろうと私は想像する。
日本との要らぬ対立は避けたいので、来られると面倒なのだ。

ゴーンが国籍を持つ3つの国のどこが受け入れることになったとしても、引き渡し協定のない日本に自国民を引き渡すことは、自国民保護の原則から絶対に実現しない。
ペルーのフジモリ元大統領が日本に亡命したことを見れば、それは当然な反応だ。
そのため日本との間に外交交渉が行われるはずだが、ゴーンを守りながら日本の言い分をうまくさばかなければならない。
特にフランスはルノー日産事情があるから、日本政府とのいざこざは避けたいはずだ。

その意味で日本政府にとって、一番外交的親密性が薄いと思われるレバノンに逃亡してくれたのは一番好都合だったと思う。
日本政府・司法にとってゴーン奪還は無理であっても、面子がつぶれる度合いが一番少ない。

さてカルロス・ゴーンである。
インターポールで指名手配の身では、少なくとも日本と取引がある国際的大企業の経営者に就任することは無理である。
国籍を持つ国以外へ旅行したら、逮捕されて日本へ引き渡されることを心配しなければならない。
事実上レバノン軟禁に近い状態であるから、これまでに貯めた財産は十分あるのだから引退するか、どうしても仕事をしたいのならレバノン国内で日本とは全く縁のない事業に携わるしか道はない。

著名企業の経営者となる可能性がないのだったら、当初は記者がちやほやして、日本司法批判や自伝の著作の依頼などがあるかもしれないが、公演やセミナー活動がレバノン国内でしかできないのだから、いずれは割と短時間に国際的に忘れられる運命ではないか。

ゴーンの復讐とか鳴り物入りで当初騒がれるかもしれないが、日本司法はそのときだけ丁寧に、人質司法に関して反論すれば良いのである。
ゴーンが逃亡した状態で日本司法を批判して得られるメリットが考えられない。
レバノンで論争に勝ったからと言っても指名手配状態が消滅するわけではなく、法廷で決着がつかなければ全世界を胸を張って歩ける身分には戻らない。

レバノンに落ち着くカルロス・ゴーンも、日産が日本の会社であって、中国の会社でなかった運命に十分感謝しているはずである。

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