2021年3月2日

富者のワクチン、貧者のワクチン

 各国の新型コロナ感染症対策は、その国で利用可能なリソースによって決まるから、ある国の治療法は、必ずしも隣の国の治療法と同じだとは限らない。
新型コロナのワクチンであっても事情は同様だ。

下の表は全ての認可されたりその候補のワクチンを上げたのではなく、現在ブラジルで話題に上がるものだけである。

番号開発者名称商品名開発国種別特徴
1AstraZenecaウィルスベクター2回接種、冷蔵保管
2Johnson & Johnson蘭/米ウィルスベクター1回接種、冷蔵保管
3ModernaRNA2回接種、冷凍保管
4Pfizer/BioNTech米/独RNA2回接種、冷凍保管
5Bharat BiotechCovaxin不活化ウィルス
6Gamaleya研究所Sputnik Vウィルスベクター
7SinovacCoronaVac不活化ウィルス2回接種、冷蔵保管


現在ブラジルで認可を受けているワクチンは3種である。
いずれも昨年からブラジル国内で第3フェーズ試験を行ったため、以前の法規に則って、ブラジル衛生監視庁(アンヴィザ ANVISA - Agência Nacional de VIgilância SAnitária)より認可された。

  • 1.アストラゼネカ(英国)
  • 4.ファイザー/ビオンテッキ(米国・ドイツ)
  • 7.シノバック(中国)


1.アストラゼネカは、ブラジルの医学衛生分野で権威実績のある、オズワルド・クルス財団(フィオクルス FIOCRUZ)と提携して、年内の国内生産を目指している。
現在は緊急使用許可で、フィオクルスが生産を開始するまでは、中国工場からのワクチン原液の輸入と、インド工場からの製品ワクチンの輸入に頼っている。

4.ファイザー/ビオンテッキは、初めてブラジル国内で完全使用許可を得たワクチンであるが、連邦政府は商談に手こずっていて、契約に至っていない。
2020年半ばにファイザーブラジルがブラジル連邦政府に契約を打診したのだが、副反応が出たときの免責条項にブラジル政府が同意しなかったので、提案はそのまま放置された。
免責条件に同意しなかった国は、ブラジルの他にはベネズエラとアルゼンチンだけだったというのだが、ニュースで一回聞いた限りで、以降確認していない。

7.シノバックは、サンパウロ州立の医学衛生研究機関ブタンタン研究所(Instituto Butantan)が第3フェーズ試験を行った。
ブラジルで権威のある研究所をパートナーとしたので、情報開示に問題がありがちな共産圏ワクチンであるが、検証はしっかり行われたと信じたい。
現在は緊急使用許可で、もちろん原料は中国に頼っている。

1.アストラゼネカも7.シノバックも中国頼みであるが、ブラジル大統領派の議員や大臣が中国批判ばかりするので、ブラジルへのワクチン原料が妨害されて遅れているのではないかと噂されていた。
中国の返答は事務手続きに時間がかかるという理由であったが、外交のことであるから隠れた本心はわからない。

ブラジルで第3フェーズ試験が行われているものはあと一つ、2.ジョンソン&ジョンソン(米国)があるが、ANVISAへの承認申請が行われていない。

これまでの法規は、ブラジルで治験が行われたワクチンでないと国内使用は認可されなかったのであるが、あまりにもワクチン入手に困難があるため、連邦議会は認可条件を緩和する立法に取り組んでいる。
例えば、科学的に信用のおける国の保健機関が認可したワクチンについては、試験結果を引用して簡略に許可するといった方策である。

そのような流れで未だブラジル衛生監視庁から認可されていないが、連邦政府が契約しようとしているのが次のワクチンだ。

  • 5.商品名コバクシン Covaxin(インド)
  • 6.商品名スプートニク・ブイ Sputnik V(ロシア)


米国は自国で複数のワクチンの開発が行われているので、全く比較対象にはならないだろうが、現在まで3種のワクチンが認可されている。

  • 2.ジョンソン&ジョンソン(米国)
  • 3.モデルナ(米国)
  • 4.ファイザー/ビオンテッキ(米国・ドイツ)


ブラジルのワクチンリストと米国のワクチンリストを比較すると、ワクチン生産国のコントラストがくっきりしている。

ブラジルにはブラジル独自の事情がある。
インディオはこれまで他の文明から隔離されてきたため、いろいろな感染症に免疫を持っていない。
インディオが、医療従事者や高齢者と並ぶ予防接種優先順位に位置づけられる理由である。

アマゾナス州の保健部門で働く人がインタビューで言っていた。
インディオ部落へワクチンを届けるのは並大抵でない。
川船で6日川をさかのぼってから、小さいボートに乗り換えてさらに1日かかるというような辺鄙で不便な場所がある。
辺境地では電力事情が悪いだけでなく、電気自体が通っていない場所もある。
国土が広いため空路でも陸路でも、冷凍輸送するには機材や燃料が高くつくし、時間が足りない。
マイナス20度冷凍保存のワクチンなど持っていけるわけがない。

そのような事情で、90%を超える有効性を誇っても、取り扱いが非常に面倒なワクチンは、手元にあっても十分に役に立ってくれない可能性は大きいのだ。
日本のようにワクチン全量がファイザーであるような国を羨ましがっても仕方がない。
接種を受けるのは無料だし、地元にあるワクチンで満足しなければバチがあたる。

ブラジルは、規則に従って国内で第3フェーズ試験が行われて、50.38%という際どい数値ながら、WHOが基準と定める必要な数字を叩き出したから許可したのである。
中国製ワクチンを闇雲に入手するのとは違う。

今のところブラジルで入手可能なワクチンの中で、唯一の西側先進国製のアストラゼネカにしても、政治的事情はあるもののEU諸国では不利な情報があふれて、できるなら避けたいワクチンナンバーワンになっているようなのだ。
ブラジルなら打ちたいワクチンナンバーワンになれるぞ。

インフルエンザワクチンと同じようなもので、発病しても入院して重症に至る確率が低くなれば、個人にとっては儲けものだし、医療機関が機能不全に陥ることはないから、社会全体が安心できる。

まあそれにしても、BRICSの中でもワクチンを生産しているのは中国、ロシア、インドががんばっているのに、熱帯病研究に強いはずのブラジルが、治験と生産の提携に過ぎないのは残念である。
計画と信念、何よりも予算が足りないのだろう。

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