2019年10月26日

酒場テロと放射能雑貨

こんなものを見つけた。
時々通う道筋にある看板を、走るバスの中から撮ったので、写真は斜めになったり残念な出来だが、見れば何かわかる。



このビン・ラディンはもちろん、あの人の名前である。
しかしこの看板は一杯飲み屋、こちらでバール(bar)と呼ばれる、多くの人が大好きな、楽しい場所のはずである。
アルカイダの活動が激しかったあの頃につけられた名前であろうか。
でもこの看板は最近までここになかったから、どこかから引っ越してきたのかもしれない。

「飢餓に対抗する恐怖」と、下に書いてある。
飢餓にとっての恐怖、飢餓をやっつける恐怖、ということか。
横の方に「冷えたビール」、「つまみ一品」とか書いてある。
このようなところでは、料理に店名にちなんだ名前を付ける例があるから、品書きを見てみたいものである。

昔住んでいたところには、Chernobyl「チェルノブイリ」という名前の雑貨屋があった。
放射線処理した品物を売っているのかと思ったりしたが、当然そんなはずはなく、単にニュースで有名になった、当時ソビエト連邦にあった地名が気に入ったので命名したものだろう。

ポルトガル語ではChernobilと綴るのだが、上にように英語綴りでiの代わりにyとなっていたので、そのエキゾチック趣味がうかがわれる。

人々の記憶に残るこれらの事件について、発生した日付を書いておこう。

チェルノブイリ原子力発電所事故 1986年4月26日
アメリカ同時多発テロ事件 2001年9月11日
ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害 2011年5月2日

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