2021年11月19日

根付くか?中性ポルトガル語

世界に無数ある言語の中には、ドイツ語やロシア語のように、もともと中性の名詞を持つものがある。
でも正統なポルトガル語は、不定なものを指す、数少ないisto, essoのような中性代名詞を除けば、名詞や形容詞の文法上の性別は男性と女性、及びそれぞれの複数形のみである。

それが最近、「中性ポルトガル語」というものが出現している。

ブラジル空軍の士官選抜試験で、中性ポルトガル語についての設問があったという記事が数ヶ月前にあった。
現在のブラジル連邦政府ボルソナロ政権は右派であるから、言うまでもなく中性ポルトガル語が広まることを好ましく思っていない。

「万人を受け入れる言語は、それ自体が社会運動であるとみなすことができて、それは言語の発達を形作る」と主張する、サンパウロ大学の教授によって書かれた例文があるので、そのまま転写する。

下にあげる例文はすべて、
(新造で未公認の)中性ポルトガル語 = (正式文法)男性の場合 / 女性の場合
の順番で示している。

曰く、
Elu é muito atenciose. = Ele é muito atencioso. / Ela é muito atenciosa.
〇〇は〔彼は/彼女は〕とても思いやりがある。

Elu é minhe namorade. =  Ele é meu namorado. / Ela é minha namorada.
〇〇は〔彼は/彼女は〕私の恋人だ。

Ajude sue amigue. = Ajude seu amigo. / Ajude sua amiga.
あなたの友人〔中性/男性/女性〕を助けなさい。

Elu é bonite. = Ele é bonito. / Ela é bonita.
〇〇は〔彼は/彼女は〕美形だ。

Elu é sue colega. = Ele é seu colega. / Ela é sua colega.
〇〇は〔彼は/彼女は〕あなたの同僚〔中性/男性/女性〕だ。
colega はもともと男女同形である。

O trabalho delu ficou muito bom. = O trabalho dele ficou muito bom. / O trabalho dela ficou muito bom.
〇〇の〔彼の/彼女の〕仕事は良い出来だった。

日本語には中性の人間の代名詞はないので、しかたがないから〇〇と表記しておく。

一体この中性活用形はどのように使われるのか。

一つの考え方では、話の対象になる人間が男性であろうと女性であろうとそれ以外であろうとすべて、代名詞、それを修飾する形容詞、補語・目的語となる名詞などに中性の活用形を作って、なんでもそれで済まそうというのだ。
これからポルトガル語を新たに学ぼうとする人にとっては、男性形も女性形も覚える必要がなく、中性形だけで行けることになるから、覚えるのが楽になると感じられるかもしれない。
しかし、すでに生まれたときから、そうでなくてもポルトガル語に十分慣れた人からすれば、これまでの活用が全て変わってしまうことになるから、とてもだが受け入れられないだろう。
これまでに書かれたり、現在使われているポルトガル語の詩、小説、各種文書が一気に古文になってしまうことになる。
ポルトガル語という言語の伝統に対する冒涜と言われそうである。

もう一つの、より受け入れられやすいと思われる考えでは、中性代名詞、形容詞、名詞を使う対象は、その人が男性/女性のどちらにも当てはまらない(バイナリーではない)と感じている場合に、その人に限って使われるという使い方だ。
伝統的文法の男性形、女性形に新たに中性形が加わることになる。
これからポルトガル語を学ぼうとする人は、名詞や形容詞の性変化がより複雑になる。

だいぶ前から下書きをしていたこのテーマであるが、ここで出すことになったのは、ポルトガル語と同じロマンス語であるフランス語の辞典に、中性代名詞が登場することが物議を醸しているというニュースを見たからだ。

性差のない代名詞、仏語辞典「プチ・ロベール」に追加で物議
2021年11月18日 20:17 発信地:パリ/フランス>

中性語に対して、フランスもブラジルも同様な反応が起きている。
簡潔に言うと、言語の中にジェンダーの多様性を認めていこうという派と、言語の伝統を守る派が対立しているということである。

それから、こういった最近の事情もある。

男性でも女性でもない「性別X」のパスポート、米国務省が初発行
2021.10.28 Thu posted at 10:15 JST

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