2018年4月13日

名大統領になりそこねた囚人

ブラジル大統領の系譜を現在のTemerテメル大統領から三代遡ると、34代Fernando Henrique Cardoso、通称FHC [1995-2002 2期8年]、35代がLuiz Inácio Lula da Silva、通称ルラ[2003-2010 2期8年]、そして36代Dilma Rousseff、通称ジルマ[2011-2016年8月 1期と20か月]である。

この3代の大統領を比較すると、いつも感じることだった。

FHCが宴の準備を整えて、
ルラが宴会を楽しんで、
ジルマが片付けをさせられる。

経済政策も労働党の統制も手に余る苦境だったと思うが、良い政策もあった、気の毒なジルマさん。

FHCの功績はそれまでの何代もの大統領がなし得なかった、インフレ撲滅という大仕事を成し遂げたことである。
経済が安定したから、資産防衛や財テクではなく本業に専念できるようになって、各産業の本当の繁栄を期待できるようになった。
税収が上がって政策の選択肢が増える。

ルラが大統領に就任したときは、このように経済の基盤は前任者がきちんと整備しておいてくれて、その果実を味わうだけでよかった。
市中金利こそ高かったもののインフレも落ち着いて、国自体の信用が高まると外国からの投資は増大して、中国は鉱物資源や農産物を主とするブラジルの輸出を牽引してくれて、国内の企業は潤って労働者の給料も上がって、景気が極めて良かった。
社会保障会計の急激な悪化の問題はまだ顕在化する直前であった。

経済の内外状況が良かったから、財源を心配すること無く、悪く言えばバラマキ、よく評価すると所得再分配政策を行ったので、特にそれを受け取る民衆での大統領人気は高かったし、現在も高い。

外交にも困難な問題はなく、ルラ大統領がG20のような会議で外遊に出ると、支持率の高さをオバマ大統領はじめ他国の大統領や首相から羨ましがられる、彼にとっては楽しい訪問であったことだろう。
国内外に問題を抱えていたのだったら、記者会見で突っ込まれたときの言い訳をいつも考え続けなければならない苦しい旅行で、息抜きなどできなかっただろう。

ルラが大統領になったらどんなに社会が変動するのかと懐疑の目でみていた中流階級も、好調な経済を目にして、ルラも心配するどころでなくなかなか良くやるじゃないか、と考えを変えた。
もっとも、経済がうまく回っているときは、財務大臣が誰でどんな政策をとっても、文句を言う社会層はごく少なく、誰が大統領をやっても、楽な政権運営だった。

その上に、これまで反政府運動に精を出してきた労働組合や土地なし・家なし運動のような農地・社会改革推進勢力は味方であるから、仕事は楽をしながら、高い人気を保つことが可能だったこの時代に大統領を奉職できたルラは、条件に恵まれた幸せな大統領であった。

だからこそ問うのだが、何をやるにも抵抗が少ない頂点の時期に、将来起きうる問題の解決に手を付けなかったのだろうか。
社会保障改革、政治改革、税制改革である。

ブラジルも世界の趨勢に遅れず、少子化と人口の老年化が進んできて、ブラジル人の寿命が今よりずっと短かった時代の古い年金制度を続ける限り、破綻は時間の問題である。
日本も官尊民卑のようであるが、ブラジルは特に公務員と私企業や自営業のような民間の年金制度の待遇の差が大きく、詳しい数字は上げないが民間と比べて少数の公務員年金会計はその構成員数に比較して相対的な赤字が莫大である。

人気のない社会保障改革を行うためには、まず民間と比較して公務員の年金制度が持つ特権を全部なくして金食い体質を正して、公共と民間の差を完全に埋めてから初めて民間に手を付けるようにして、社会の不公平をなくすことから手をつけたいと、道筋を国民に説明して理解してもらうようにすれば、当の公務員を除けば民間部門からの抵抗は皆無に近くなるのではないか。
ブラジルの雇用全体に占める公務員の割合は12.1%で、OECD平均の21.3%よりかなり低い(2013年)。
民間が結束すれば公務員のわがままは押さえられそうだと思うのだが、そうもいかないようだ。

どの国でもたいてい公務員の労働組合は団結力が強い。
ルラの支持基盤の柱の労働組合の中でも、公務員の労働組合は勢力を占める。
政府の手足である公務員を敵に回したら行政の何もかもが回らなくなる。
だからルラにとって、公務員労働組合を労働組合連合体から切り離して、労組の世界内部で対立を煽るような政策にはとても踏み込めず、将来を見据えたブラジルを救う大改革に踏み込む先見と決意がみられなかった。

一見、右派は資本家とズブズブだから金にまみれて汚く、左派は労働者の清い力に支えられるからクリーンだと前世紀に引きずられたイメージがあるのだが、そうでないことは労働党政府を見れば一目瞭然で、結局労働党もこれまでの政府と同様に賄賂献金大歓迎であった。
当選したらまずするのは相も変わらず同じこと。

ブラジルで「右派は右手で盗む、左派は左手で盗む、中道は両手で盗む」と言われている戯れ言は本当であることを証明してくれた労働党政権であった。

0 件のコメント:

コメントを投稿